2018年03月15日

『高野新聞91号』アップしました

平成30年第1回定例会終了後、定期的に発行している高野新聞の配布を市内各駅頭にて行いました。
多くの皆様にお受け取りいただき本当に感謝です。

また、配布活動を通じて皆様から頂戴したご意見、ご要望については形に変えるべく努力してまいります。
頂いたご意見、ご要望の結果はもとより、進捗状況についてもブログや高野新聞を通じてご報告してまいりますのでチェックしてみてください。

本日HP上にも『高野新聞91号』をアップしましたので、ご興味のある方は是非ご覧ください。
http://www.takano-takeshi.com/
posted by 高野たけし at 18:58| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月11日

東日本大震災から7年

東日本大震災から7年が経ちました。

私も震災発生から2週間後、支援物資を持って福島県いわき市を訪れたのですが、町が大きく姿を変えてしまっていた光景を今も鮮明に覚えています。
そして、自然災害の怖さを実感したことも。

この災害を機に、本市もそれまで以上に災害対策に力を入れてきましたが、まだまだ充分とは言える状況にはありません。
特に、高齢者を含めた災害弱者と言われる方々の備蓄品の拡充、被災地で問題となるトイレの確保など、課題は山積しています。
私も独自に実施した市民アンケートなどを元に、地域の皆様と協力しながら引き続き災害対策を進めていきたいと思っています。

本日は「3.11 ALL=逗子 Movement. Vol7協議会」の主催で、JR逗子駅前と東逗子ヨークマート前に鎮魂・献花ブースが17時まで設けられておりますので、ぜひ足を運んで下さい。

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posted by 高野たけし at 12:44| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月09日

市内3中学校で卒業式

本日は市内3中学校で卒業式が行われました。
私は地元の久木中学校へ。

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今年で70回目を迎える久木中学校の卒業生は173名。
少しあどけなさが残る表情の中にも、これから進む新しい道への期待と不安が垣間見えました。

自分の中学校の卒業式を思い返しましたが、やはり義務教育を終え、大きく環境が変わることにワクワクしていたように記憶しています。

本日卒業式を迎えられた皆さんには、中学校での思い出と経験を胸に、それぞれの新しい世界で活躍していただくことを期待しています。
posted by 高野たけし at 18:06| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月07日

逗子市都市公園条例の一部改正案が賛成多数で可決

本日の本会議にて、議員提出議案第2号・逗子市都市公園条例の一部改正に対する採決が行われ、賛成多数(高野たけしは賛成)で可決されました。

これまで、第一運動公園プールと小坪飯島公園プールにおいては、市内の子ども(小・中学生)と高齢者、障がい者に対して無料利用券を発行してきましたが、来年度以降財政対策を理由に子どもと高齢者に対する無料利用券の発行を行わない考えが行政当局より示されました。
合わせて、この無料券の廃止により200万円の増収が見込まれるとの試算も出されたところです。
また、平成29年度は7月1日〜9月15日まで開設されていましたが、来年度は7月16日〜9月2日までと期間を短縮するとの考えも。

この2つのプールの年間維持管理経費等には34,615,144円がかかっており、これらは市の税金で賄われていることから、受益者負担を名目に子どもと高齢者に対する無料利用券を廃止とするならば、市外の大人の利用料金を値上げ(200円〜500円に)する事が先ではないかとの考えから条例改正案を提出する運びとなったものです。

今回の条例改正を受けプールの利用収入が増える事が想定された場合においては、速やかに市内の子どもと高齢者に対する無料利用券を復活していただくことを行政当局には望みます。
posted by 高野たけし at 12:37| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月04日

名越緑地の歴史と素晴らしさを実感

本日は、『名越緑地の歴史を語る〜自然と触れ合える谷戸を伝える〜』に参加してきました。

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久木9丁目に位置する名越谷戸は、国指定史跡の『名越切り通し』や『まんだら堂』の東に位置する緑地で、斜面林と平地、ため池が残る場所です。

講演をしてくださった元逗子市教育長の野村先生の話によると、昔この場所を人々が通行する際、「難儀(なんごえ)な切り通しだな」と言っていたことが名越切り通しと呼ばれるようになった由来だそうです。
しかし、明治16年に名越トンネルが開通、明治22年には横須賀線が開通したことに伴い、名越切り通しを通行する人々もいなくなってしまったとのこと。
その後、バブル期には当該地の開発計画もあったが、バブル崩壊と共に開発業者の経営が悪化し逗子市に寄付された場所だそうです。

現在は、『逗子名越緑地里山の会』が豊かな自然と景観を守る里山活用事業を行ってくれていますが、こうした場所が次世代に伝えられていくことの素晴らしさに改めて逗子の魅力を感じたところです。
posted by 高野たけし at 20:22| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする