2019年08月18日

ちょっと昔の逗子のお話の会

第9回ちょっと昔の逗子のお話の会へ。

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今回の題材は「青い目の人形」。
明治27年宣教師として来日したシドニー・ギユーリック氏は、アメリカに帰国した大正2年に移民排斥運動に遭遇。
大正13年に移民法が成立してからは、その撤廃活動に尽力する傍ら、日米親善活動を通じて昭和2年に12,739体の人形を全国の幼稚園と小学校に寄贈してくれたそうです。
ギユーリック氏はこの人形たちを大使として扱い、全ての人形に名前を付け、パスポートとメッセージを付して日本に送り出したとのこと。
この答礼として、日本からは58体の市松人形と嫁入り道具さながらの付属品が送られたそうです。

こうして紡がれていた日米交流でしたが、太平洋戦争によって激変。
全国の幼稚園と小学校に送られた12,739体の人形も、敵国から送られたものということで軍部から焼却処分するよう通達が。
当時葉山小学校にもメリーちゃんと名付けられた人形が送られていたのですが、その処分を巡り教員たちの意見がまとまらなかったある日、この人形を捕虜として収容するとの匿名の手紙とともに人形の姿が消えていたそうです。
これは、学校内で人形の姿が軍部に見られては学校長に処罰が下ると考えた人間があえて人形を隠したものと推察されます。
そして戦後、戦争に関する焼却処分品の中にメリーちゃんの姿を教員が発見し、保存したとのこと。

そして時は流れ、昭和53年新聞紙に包まれた青い目の人形が葉山小学校内で発見され、この存在を調べる中で過去の経緯等が明らかになったそうです。

このメリーちゃん人形は現在葉山町の文化財に指定され、当時と変わらぬ姿で葉山小学校の校長室に飾られています。

戦後74年が経ちましたが、戦争の悲惨さ、そして戦争により失われるものの多さを改めて実感するとともに、世界中から争いがなくなることを望むお話の会となりました。
posted by 高野たけし at 16:59| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする